橋下徹がコメンテーターだった時代に、随分と番組の空気に反するまともなことを言う人だと思っていた。その彼が知事になると知り、彼の新自由主義的な(みんなの党的な)経済政策にこそ疑問は持っていたが、あまりにもくだらないマスコミ側の揚げ足取りに辟易し、彼を擁護して来た。
その彼は知事になった当時、「批判は大事、おかしな所をチェックしてもらわないと独裁者になる。くだらない悪口や揚げ足取りは意味が無いからやめてほしい」と言っていた。
その彼が今や真逆のことをやっているのを知り唖然とした。
それまでもTPP賛成宣言やらで不信感は持っていたが、もう中野剛志氏や小林よしのり氏に敬語を使えだの敬称をつけろだの官僚だからダメだだの、橋下批判の本筋とは全く関係ない罵詈雑言をTwitterで呟いているのを見て、もはや一切支持できない。
まっとうな批判を「あいつは官僚だから」や「敬語を使え」で返すとは堕ちるにも程がある。彼は批判の意味を理解していなかったのか?いや、あの話しっぷりは理解していないはずはないはずなのだが。
そもそも、実力主義の権化みたいな人だから、多少言葉遣いが悪くても筋が通っていることを言っていれば良いと思っていた。知事になった当初、報道2001での黒岩氏とのバトルで、確かに橋下は無礼な態度を黒岩氏に取っていた。しかし話の内容としては橋下の言っていることの方が正しかった。しかしその当の本人が今やまっとうな批判をかわし論争相手に無礼だ!を連発し人格否定する姿は非常に滑稽だ。
結局、橋下の著書「まっとう勝負」で戦争についてのコラムで小林氏を持ち上げて(その彼がいまや手のひらを返して「戦争論」を叩くとはなんて日和見な・・・)、Twitterでは中野剛志氏を持ち上げてあげたのに、俺を批判するとは許せない、ということで頭に血が登ったんだろう。こういう冷静になれない人間を総理大臣なんかにすると簡単に憲法を破って独裁へ進むと思う。
「ハシズム」という言葉があり、「ハシズム」という言葉への批判がある。民主的に生まれた政治家なので独裁ではない、というもので、自分もそう思っていたのだが、彼のこういう態度を見ていると明らかに独裁への危険性はあると思う。ヒトラーだって民衆の鬱憤から民主的に生まれた独裁者なのだし。
どうしようもない記者を叱責したからと言って「橋下総理希望」などという人達はどうかしていると思う。
ちょっと久しぶりになんだかなぁと思った。
テレ朝のモーニングバードである。
北陸の大雪が凄い、というテーマでVTRが流れ、ある自治体の除雪予算が尽きたので補正予算を組まないとならない、とかそういう内容だったと思う。
そのVTRが終わったあと、テレ朝の社員でありコメンテーターのT氏が、まあ雪が凄いと言っても他の地域にも大変なところはあるので、国の税金を投入する訳にはいかない、ボランティアでなんとかしのぐべき、と言ったのである。
これを聞いて久しぶりにエキサイトしてしまった。ツッコミどころ満載だったので。
まず、国の税金を使うわけにはいかない、という発言である。雪害なんて対したことないという前提からの発言なのだろうか。税金はそもそも公共サービスに使用されるべきものであるのにも関わらず、除雪に使うのは無駄遣い、という認識なのか?
また、雪害と言っても良いような大雪に対してボランティアでなんとかなるのか、という問題に関して。身近な所だと岩見沢の積雪が今年は凄いようだが、札幌も北区の積雪は毎年凄い。幹線道路は除雪車が入るが路地は雪がどんどん積もっていく。雪が多過ぎると捨てる場所などないからしょうがなく家の前に積んでいく。古い雪は凍ってガリガリになる。これをたまに来る除雪車が雪を掻き出して集め、と排雪用のトラックに載せて郊外の雪捨て場に捨てにいくのである。これが札幌の冬の風景。幹線道路だって深夜の間、大量の除雪車と雪の運搬待ちのトラックが長蛇の列を作って雪とアイスバーンを照らしながら作業してくれているのである。
この作業をボランティアでやることが出来るのか?VTR中でも除雪に億単位の予算が組まれてることに言及しているにも関わらず、ボランティアでやれと。
北海道の建築関連会社は冬は雪のために建築できないのである。だから冬場は除雪作業で稼ぐという側面もある。だけどボランティアでやれと。建築会社を潰す気か?
そうか、おそらく雪はフワフワの綿アメみたいなもので軽く掻き出して道路に捨てておけば昼くらいには溶けると思ってるのだろう。バカか。気温は氷点下、雪は溶けない。
そんなことは知ってる、と言うのであれば、除雪車やら10トントラックやらをボランティアの為に無償で貸出し、深夜労働をボランティアという名目でただ働きさせろと言っているということになる。
とんでもない話だ。
ボランティア真理教である。ボランティアこそ善と思ってる奴に限って自分はちゃっかりと対価を受け取り他人にはボランティアを強要する。だったらテレ朝の社員なんて辞めてしまえばいい。
以前もテレ朝の、この番組の前身番組である週刊誌の編集長が、民間の介護業は利益を考えずにボランティアでやるべき、と言っていたが、だったら彼は週刊誌をタダで配るべきだろう。
別にこれは被害者根性で言ってるわけじゃなく、偉そうにTVの前で提言するなら状況を知った上で発言してください、ということです。札幌に住んでいる以上、除雪は避けられないもので重労働なのに、そんなもんボランティアで何とかなるでしょ、と言われると状況見てモノ言えよコラ!となるわけで。
ちなみにちょっと話はそれますが、こうすれば税金を減らすことができる!みたいな番組か記事か何かを読んだことがあるのだが、曰く、町内会単位で少しづつ徴収してそれを町内会での公共サービスに当てれば、税金を減らすことができます、というもの。だからそれが税金じゃないかよ、と即座にツッコミを入れたことは言うまでもない。
週刊誌でたまに、「○○の原価はXX円なのに売値が高すぎる」みたいな記事がありますね。化粧品とか、飲食店の代金などなど。
働いたことある人であれば原価に材料費の他、人件費やらなんやらが入ってくるのは当たり前の話。研究開発費や広告宣伝費も売値に上乗せされる。こんなのは社会人なら当然知ってる話。
全く働いたこともない人がそういう事言うならまだしも、社会人が作っているはずの雑誌に書いているのが驚きですね。
この、材料費と売値は限りなく近くなければならない、という発想がそもそも不思議なんですが、僕のいるソフトウェア業界はそれだとほぼただ働きになってしまいます。
その文句を書いている雑誌自体も、材料費自体は紙とインクだけなんだから、材料費だけだとかなり安く売らなければならないんですね。もっと言うと、紙の仕入れ値も当然のことながら紙を売る場合の人件費も含まれてるからそれを差し引くと更に材料費は減るわけで、最終的には材料なんて全て自然にあるものなのだから、材料費だってゼロになる。ということは、この世のものは全部タダになるんですねー。
つまり、売値を材料費にしろと言い出す人はすべてタダにしろと言っているんですね。
で、この状態まで行くと、せっかく自分が手間暇かけたモノをタダで渡すのは嫌だから手間賃を足した上で交換しましょうという話になり、結局今に至る、と。無限ループになるのではないかと思うわけで。
AKBに興味がある自分は「秋元康の戦略に騙されて」おり、iPhoneを保持している自分は「流行に流されている情弱」で、島田紳助の芸人的な才能を凄いと思っている自分は「モラルのないアホ」だそうな。
Twitterなどのネットを見ていてイラつくのは「○○が好きな奴はアホ」的な発言ですね。
「○○は好きではない。なぜなら☓☓だから」とかなら分かるが、「○○が好きな奴はアホ」は確実に他人を不快にさせるからやめた方が良いと思いますよ。
僕は男なんでジャニーズに興味はないですが、だけど「ジャニーズに興味のある奴は電通に騙されているアホ」みたいな発言をする人は即ブロック。
最近、「ステマ」なる言葉が流行っているみたいですが、これは結局昔良くいた、なんでもかんでも「やらせ」だと言い出す人と同じで、おそらくそういう人は、
世の中は何かわからないけど巨悪の塊である悪の組織が牛耳っており、自分たちはその巨悪の手のひらで踊らされている、だけど自分だけはそれを見抜いているのだ、これに気付かない連中はアホ、俺は情強
などと思っている可哀想な人達だと思う。
可哀想なのに、一般人を馬鹿にして喜んでいるから同情もされない。真の意味で可哀想だと思う。
最近、「芸人が政治を語るな」とか、「たかが漫画家が漫画に思想を持ち込むな」とか、「弁護士が専門でもないことを語るな」とかそういうフレーズを聞くといつも違和感を感じる。とっても違和感を感じるのだ。
じゃあ、そう言ってるあなたは何者なんだ?と。会社員か?主婦か?ニートか?そのロジックを持ち出すのであれば、会社員なら会社の仕事にだけ精を出し、主婦なら家の事だけを行い、ニートはニートらしく、いや仕事を探してください、となるのではないのか?
そして、それは結局、権威主義なんじゃないのか?そういう人は学者が言うなら信じるのか?学者だっておかしな金が流れてるかもしれないし、ムラ社会の輪から外れたくないばかりに真実を語ってないかもしれないじゃないか。
結局、肩書きみたいな安易なフィルタを使うんじゃなくて、自分の頭で、何が信頼できるか、発言者の今までしてきた事と語ってきたことをベースに信頼できるかそうでないかを判断するしかないと思う。